「動画が作れるだけ」の映像制作者が、これからの時代に選ばれにくくなる理由

これからの時代、映像制作者に求められるものは変わっている

これからの時代、
「ソフトが使える」「動画が作れる」だけのスキルを持つ映像制作者は、徐々に選ばれにくくなっていく——ぼくはそう考えています。

これは決して、After Effects や Premiere Pro などのソフトスキルに価値がない、という話ではありません。むしろ、それらは今でも必須スキルです。

ただし、「必須であること」と「それだけで選ばれること」は、まったく別の話になりつつあります。

映像制作者の仕事を分解して考えてみる

映像制作者という仕事を、少し分解して考えてみます。

多くの場合、求められているのは

  • 指示された内容を
  • 決められた仕様通りに
  • 正確に、破綻なく形にする

という能力です。

これは言い換えると、
「決められたことを正確に実行できる技術」です。

とても重要な能力であり、プロとして欠かせないものです。

ただ、役割として見ると、
この部分は 「運転技術を持つドライバー」 に近い側面があります。

  • 目的地(完成イメージ)が決まっていて
  • ルート(仕様・指示)が用意されていて
  • それを安全に、正確に届ける

制作技術とは、そうした役割を担う力でもあります。

では、映像制作者が本当に目指すべき場所はどこか

問題は、「それだけ」になってしまうことです。

これからの時代、
単に指示を形にする役割は、どんどん代替可能になっていきます。

  • AIによる自動生成
  • テンプレートの高度化
  • 外注・海外人材の増加

「操作できる」「作れる」という能力自体は、
以前よりも 希少性が下がっている のが現実です。

だからこそ、映像制作者が本当に目指すべきなのは、次の領域です。

  • どういう映像を作るのか
  • どんな世界観を表現するのか
  • なぜその表現が最適なのかを説明できるか

つまり、
クリエイターとしての思考力・設計力 です。

ソフトは手段であり、目的ではない

ソフトは、確かに使えなければ映像は作れません。

しかし、ソフトそのものは

  • 他のソフトに置き換えられる
  • アップデートで仕様が変わる
  • そもそも自分が操作しなくても成立する

そういう存在でもあります。

一方で、代替できないものがあります。

それは、

「何を想像し、何を生み出そうとしているのか」

という部分です。

  • 何を伝えたいのか
  • なぜこのトーンなのか
  • なぜこの演出なのか

これを言語化できる映像制作者は、
単なる「作業者」ではなく、パートナーとして扱われるようになります。

これからの映像制作者にとって本当に重要な問い

これからの映像制作者にとって重要なのは、

「作れるかどうか」ではなく
「何を生み出そうとしているか」

という視点を持てるかどうかです。

技術は必要です。
努力して身につける価値もあります。

ただ、その技術を
「どんな意図で使うのか」
「どんな価値を生み出すために使うのか」

ここまで考えられるかどうかが、
これからの時代の大きな分かれ目になると、ぼくは考えています。

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